最高裁判所第三小法廷 昭和35年(オ)59号 判決 1962年2月27日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人鈴樹忠直の上告理由第一点(一)及び(五)について。
論旨は、原審が本件異議決定を認容したのは、宥恕事由の判断につき法令違背、理由齟齬の違法がある、という。
この点について原判決は、補助参加人長尾一郎の異議申立は法定期間を五〇日余も経過した後になされたものではあるが、それは同人が本件買収計画の樹立及び公告縦覧の事実を知らなかつたことによるものであり、これを知らなかつたことは、もともと本件買収計画の公告縦覧が自作農創設特別措置法六条五項の規定に違背し同計画樹立の日より一年二ケ月も経過した後になされた「異常」のものであることからみて「無理からぬということができる」、と判示している。ところが、仮りに補助参加人長尾一郎は本件買収計画樹立の事実を知つてはいたが、遅滞なく公告縦覧が行われなかつたために本件買収計画が沙汰やみになつたものと考えていたというのなら格別、原判示のごとく、同人が本件買収計画樹立の事実そのものを知らなかつた以上、公告縦覧の遅滞をもつて買収計画に対する異議申立期間経過の宥恕事由とはなし得ないのであるから、右の説示をもつてしては判旨の存するところを知るに由なきものといわざるを得ない。
しかし、異議裁決庁が宥恕すべき事由がないのに異議申立を受理して実体的判断をしたという違法は、その処分を当然無効ならしめる瑕疵ではない、と解するのを相当とする。従つて、被上告人委員会が補助参加人長尾一郎の法定期間経過後の異議申立を受理してなした本件買収計画の取消処分の無効確認を求める本件訴訟においては、原判決の右の違法は、判決に影響を及ぼすべき重要な事項に関するものではないから、民訴三九五条一項六号にいわゆる理由不備にはあたらないものというべきである。
されば、論旨は、結局理由なきに帰し、採るを得ない。
同(二)について。
論旨は、農地買収計画を取り消すには、後日買収農地の売渡を受くべき者の利益を犠牲に供してもなおその取消をしなければならない特段の公益上の必要がある場合でなければならないが、原判決が本件農地買収計画の取消処分の効力を是認したことは、右の点につき法令違背、理由齟齬の違法がある、と主張する。
しかし、所論のごとき主張は、原処分庁が職権により自発的に原処分の取消を行う場合にのみ妥当し得るに過ぎないものであるから、被上告人委員会が異議手続の結果なした本件農地買収計画取消処分の適否を争う本件訴訟においては、論旨はその前提を欠くもの、といわなければならない。論旨引用の判決は、職権取消に関するものであるから、本件には適切でない。それ故、論旨は、上告適法の理由となり得ない。
同(三)について。
論旨は、原判決が理由の前段において、本件買収計画が定められた後、数次にわたり、本件農地の所有者及び同居の親族の所有にかかる農地合計二町一反二〇歩が買収されたと認定しながら、その後段において、本件買収計画の取消後本件農地二反五畝歩のうち一反四畝二〇歩が再買収されているので、本件買収計画は、右一反四畝二〇歩を超える部分については保有小作面積にくいこんで定められたことになると判示したことは、前後矛盾し、法令違背、理由齟齬の違法がある、と主張する。
しかし、農地買収計画が小作地保有面積を侵害して定められた事実がないのにこれあるものと誤認して右計画を取り消したという違法は、ただそれだけでは取消処分の無効原因を構成するものではなく、後に再買収等によつて小作地保有面積を侵害する事情が生ずれば、これに基づき、右瑕疵は治癒されるものと解すべきである。それ故、論旨は、採用のかぎりでない。
同(四)及び(六)について。
論旨は、原判決が本件買収計画はその対象の特定性を欠くと判断したことは、法令違背、理由齟齬の違法がある、という。
しかし、一筆の土地の一部を買収するにあたり、単に地積だけが計画書に掲げられているに過ぎず、しかも当時の事情の下で、右地積がその土地のうちどの部分を指すか関係者に疑を容れない程に明白でない場合には、右の表示をもつて買収すべき農地が特定されているものと解することは許されない。
この点に関する原審の判断は、その確定した事実関係の下では首肯できないわけのものでなく、その判断の過程に所論の違法あるを見出し得ない。論旨は、ひつきよう叙上に反する独自の見解に立脚して原審の右判断を非難するか、原審の専権に属する証拠の取捨選択、事実の認定を攻撃するものであつて、採るを得ない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 石坂修一 裁判官 五鬼上堅磐)